パステルカラー

オジサンの物語です

考えをまとめる為につらつらと

自分だけは違う。

この世に生まれたからには、

何かを残す、何者かになりたかった。

 

こんな中二病全開の文を誰かに読まれると思うと、

恥ずかしくて外も歩けなくなる。

 

中二病とは良く言ったもので、

実際中学生の頃には、世界は自分が変えれると思っていた。

中学生の世界なんて、小さなコミュニティーだけのもので

ニュースに出てくる海外の話なんぞTVの中の世界で、

日々の生活で目にする周りの世界が、この世の全てだと思っていた。

 

自分が主人公で、世界とは自分の物語を彩る為に存在していると本気で信じていた。

 

自分が主人公と言う考え方に疑いはないが

年齢を重ね、世界の大きさを、人の多さを、歴史を、社会を知る。

 

頑張れば何とかなる。

いや、そもそも頑張りを見て貰う為に頑張る。

 

一体何のために頑張っているのか?

幸せになる為?

この世に生きた証を作る為?

 

人間は何のために生きるのか考えてみる。

こんな事自体が中二病全開だと言うのに。

 

人によっては、

仕事で社会に貢献する事が生きがい。

趣味が生きがい。

勉強が生きがい。

家族が生きがい。

自分が幸せだと思う事だけをやる為に生きる。

そもそも、人間が生きる事に意味なんか無い。

人間の数だけ持論はあるだろう。

 

生まれた証を残したいのであれば、子孫を残し、

何者かになりたいのであれば、親になる。

これも確かに1つの答えなんだろう。

 

本能的に死にたく無いから生きているだけなのか?

そうなると、この未来への不安感は何なのだろう?

経済的な不安なのだろうか?

 

お金が無いと生きていけないのか?

田舎で、最大限安い家賃で、必要最低限の生活費で生きようと思えば、恐らく月10万でも生きて行ける。

 

人生の不安に駆られて、時間を粉にして働く程に意味はあるのだろうか?

それでこの世に生まれた意味を残せるんだろうか?

 

例え時間があったとしても、この世に自分が満足する何かを残せるんだろうか?

 

人の記憶に残りたい。

なるべく多くの人に、自分が生きている、生きていたと言う事を刻みたい。

 

これは、承認欲求、自己顕示欲。

そんなものに何の意味がある?

 

自分の周りの友人達が死んで行く年齢になれば考え方が変わるだろうか?

もっとこうしておけば良かった。

アレをやっておけばよかった。

こう思うことが不安なんだろうか?

そう思った時に、自分に時間が無い、体力的に難しい。

そういう状況下に陥る事を恐れているのだろうか。

 

大抵の事を経験したような気がする。

それでも死を間近に感じた時、もっとあれをしておけばよかったと欲が出てしまうのだろうか。

人間はどこまでいっても、死の間近でさえも欲に支配されてしまう愚かな生き物なんだろうか。